私の知らない彼女の話。

最寄り駅のホームでとある女子高生を見かけた。目の前を歩く小さな背中は、間違いなく私が昔遊んでいた少女だった。家が近所で、同じ習い事をしていたのだ。通学カバンには彼女のイニシャルの形をしたフェルト生地の手作りのキーホルダーがぶら下がっていた。彼女は私の方をちらっと見たが、また前を向いて歩き出した。関わりがあったのは私が小学校の高学年の時。当時の彼女はまだ低学年だ。きっと覚えていないだろう。そう思って声はかけられなかった。ううん、本当に話したかったら声くらいかけるだろう。時間の経過は、私にそんな勇気を与えてはくれなかった。

 

一人暮らしをはじめて、地元の友達と会える機会がグッと減った。帰省する度にいろんな人に連絡をし、予定を立てる。そして帰ってくるなり、片道650円の道のりを毎日こりずに通い続ける。乗りなれたディーゼル機関車は1時間に1本。目的地までもまた片道1時間。最寄り駅までの道のりだって、家から歩いて30分かかるというのに私はとても馬鹿だ。馬鹿なのだが、それで後悔はしない。会いたい人とあえるのならそれくらいの苦労はなんてことはない。だって私は、大好きな友達に会えるのを今か今かと心待ちにしていたのだから。

あって何を話すのかと言うと、ほとんどが近況報告。彼女たちと会っていない数ヶ月のその間に何があったのかを聞き出すのだ。学校でこんなことをしてるよとか、こんな面白い人と知り合ったよとか。

中でも1番多いのは恋愛の話だ。自ら、聞いてよあのね、と恋愛話をする人は少ない。だから私から話をふる。

「好きな人はいるの?」

すると大体の人が

「実はね」

と話し始める。

いつから好きでどんな人でどんな所が良くて、その人とこんなことがあったんだよ。止まらない話に私は楽しくなる。友達が楽しそうに話すのが私は好きだ。あまりに身近な人間に恋愛話をするのは恥ずかしいのが普通だと思う。いつも一緒にいる友達だったり、親だったり。だけど遠くに住む友達なら話に対して深くもつっこまないし、そもそも自分が好きな相手のことを知らないのだから都合がいい。何より自分が話した内容を他言することも無い。だから私は都合がいい。だからいろんな話を聞かせてくれる。それが私は嬉しい。相槌をうって話を掘り返すとまたいろんな話を聞かせてくれる。私の知らない彼女達の乙女心が可愛くて仕方がない。頬を赤くしながら、

「私、どうしたらいいと思う?」

と問いかけるその表情に、私の方が恋に落ちそうになるくらいの愛おしさを感じる。そして、

「あぁ、彼女に幸せになって欲しい」

と、心から思うのだ。

「そんなでんつうちゃんはどうなの?」

と話を振り返されて困るところまでがオチなのだけれど。

 

久しぶりに見かけた高校生の彼女は、今どんな日常を送っているのだろうか。聞きたいことは沢山あるけどそれは全部飲み込んで、駅の外へと私は歩いた。目の前で迎えの車に乗り込む彼女を横目で見送りながら、私は1人で彼女の家と同じ方向へと歩くのだった。